The History Of The Log House


Last update:2014/10/2

ログハウスの歴史

 

ログハウスの起源はは9世紀から14世紀頃まで建てられていた建築様式といわれており、大昔にこの国の人々が巨大な建築技術を持っていた証拠とされています。単純な工具しか無かった時代に丹念に仕上げたこの建物は、建具を取り付ける技術が無かったために、まるで近代のハンドカットログハウスの様に素晴らしいノッチ加工がされています。また、当時はドアや窓と云った建具類を作る技術がなく、極寒冷地の外気から内部を遮断する手段として人間がやっと通れる大きさの穴のように小さな出入りロが数ヶ所ありました。建物の大きさは一階述床面積が250平方センチメートルはある大型のものですが、部屋の間仕切りなどは無かったようです。屋根の形状は日本の神社仏閣と全く同様の茅葺き屋根で、地球は東西を問わず人間の知恵は同じところに行き着いていたんだなと、考えさせられます。また、拡大する集落の真中には釣瓶の付いた井戸もあったとされています。

15世紀頃から人間は家に、建具を取り付けるように考えるようになります。当時のエストニア地域には鉄の金具を作る技術が無かったため、枝の付いた部分の丸太を丸ぎりに切取り真中をくりぬき、枝の部分をドア側に固定して蝶番のを作ったり、吊戸の吊具パーツにしていました。そのころ、建物の一部には穀物の貯蔵部屋等も配置されるようになり、そして、農機具などを入れておくスペースなども出来だします。また、一部に部屋の間仕切りなどが出来て、住まいとして徐々に進歩していきました。16世紀に入ると、住まいとして建具にガラスが付いた窓などが出てきます。部屋も、使用目的に従って間取りが造られるようになり、仕事部屋、寝室、居間などが別々になり、家の真中には石造りのクッキングストーブ権暖炉が設置されるなど、極寒の地域で生活するための工夫がでてきており、当時の人々がこの石畳の部屋でくつろいでいた様子が伺えます。現代に至るまでこの国の暖房手段は同じで、近年建築されている同国のモダンなログハウスの内部には進化した暖炉が設置されています。

 

 

16世紀後半になると急速に現代の住宅の機能に近づいてきて、ログハウス特有のコーナーノッチも色々な形状のノッチの加工が可能になってきています。これは金属性の大工道具が出現したために色々な手法での加工が可能になったからではないかと言われています。ノッチの種類は以前のラウンドノッチからダブテールノッチ、コーナーに柱を配置したピース&ピースなどがあり、また丸太の内外を平にした壁など色々と工夫されるようになりました。また、ダブルノッチはコーナーの組み合わせ部分のノッチが鳩のしっぽに似ていることからこの名前が付けられました。ログとログの間のすき間には、現代の化学製のコーキング材料等が無かったためコケ類を詰めて家の機密度を上げていた後が残っています。17世紀に入ると、それまでの農業主体の農家の大型住まいから農作業建物と住まいを別々にした一般の民家や、キリスト教会など目的によって建築構造や様式を変えるようになりだしました。教会の建物の内部には既にパイプオルガンが設置され、内部は大きなホールになっています。今も教会は結婚式などに使用さています。ログの内外部は平に削られ精巧なウェッジノッチで組み上げられており、現在もエストニアのハンドカットログにはこの形式が使用されています。

 

ログハウスというと別荘などでよく使われるイメージがあると思いますが、最近でがログハウスが都市の住宅として使われることも増えてきています。これは、都市化が進む中での、温もりのある快適な居住性を求めるようになったという理由からと、平成10年に、日本ではようやく土塗り壁同等防火性能認定が降りたということが大きな要因であるようです。

Last update:2017/9/19